静音の小径 其の2

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zoom RSS 「火山島の神話」を読み続けて(その2)

<<   作成日時 : 2017/02/25 23:01   >>

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Bill Evans Trio - Jazz 625 complete

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.「火山島の神話」の続編です!
興味がない方はBill Evans Trio のjazzでも聴いてね




人って難解な物事にぶち当たるとどういう反応をするのだろうか。
「ああ自分とは関係のないことだ」と、無視を決め込むのだろうか。
わたしもはじめはそうだった。
難解な文字列に恐れをなして、わたしとは世界が違いすぎるからと、
拒絶するための言い訳ばかり考えていた。

はじめて「火山島の神話」という本を手にしたとき、
神話なんて興味ないし、宗教的な知識ゼロだし、
日本史だって勉強したことないし、古文書なんて読めないから興味ないし
と否定することばかり考えていた。

しかし前回の記事で書いたように、縁のゆかりがある人だし、
これも神(わたしにとって神ってなんなのだろう)の思し召しかなって思い直して、
なんとかこの難解な本と関わろうと考え直した。

人って自分にとって怪物のような難解なものでも、
無視を決め込めない場合にはどうやって対処していくのだろうか。

この本に出会ったこの冬、わたしはまさにそういう状況にあった。
この間の、わたしのジタバタを書いておこう。

画像



「火山島の神話」の「はじめに」を読み始めたことまで書いたが。
ここで、気がついたのは普通の学者が書いたものであったならば、
なんの感慨も持たずに当たり前に読める一文一文に
いちいち反応している自分だった。

たとえば、<人の力が及ばない自然現象を目のあたりにすると、
古代人はそこに特別の働きを認め、畏怖し畏敬の念を抱いた。
見えない力の支配、神霊の存在を強く意識した。>

このなんということのない文章に線を引いている自分。
そして「噴火造島神」と言う言葉。
これって一体どういうこととここで立ち止まったりした。

日本史をただの一度も勉強したことがないわたしには、
火山の噴火が信仰の対象になるなど考えたこともなかった。
それは自然現象でしかなかった。
こんな事すら考えたことがないわたしって
ひょっとして、なにかとても大切なことを忘れて生きてきた
のではないかとさえ思えてきた。

1ページ目からしてこうなのだから、
一体読み終えることができるのかどうかと、心配になったきた。
たぶん、他の人にはこんなわたしの心理状態、理解されないだろうな。


そこで、次にわたしがとった行動は、
強引に本の半分近くを飛ばし読みした後だけれど、
本をぱったり閉じてしまい、図書館に向かったのです。

わたしのマンションが面している道路の反対側にあるのに、
なんという久しぶりという感。
なぜならわたしがいつも行くのは図書館でも児童コーナー。
なんと大人の書棚には十数年も入っていない。

「火山島の神話」が読めないわたしに足りないものはなにかを考える。
地理や歴史の知識・・・・それから・・・も皆無だし・・・。と

伊豆諸島に関連のあった本はたった1冊

「離島 伊豆諸島の歴史 ー風土 伝説 生活 ー」
段木一行著の古い本。
 

それにしても図書館には資料が少ない。
驚いて数冊の本の購入希望カードを出したら、
「これらの本はすべて区内にあるか、
区外にあるけれども取り寄せられます」とのこと。
購入希望は叶わなかった。

これでは書名を知っていなければ、本を得ることは不可能ではないか。
今はインターネットで検索すればいろいろ見つけられるからいいかもしれないけれど、
なんだかすごく嫌な気持ちになった。

本と出会うという貴重な体験は、とりあえず書棚を眺めて手で本を触り、
中を覗き、読んでみようかという気持ちになるのが第一歩だろう。
長年、司書教諭として学校の図書館に関わってきたものとしてはすごく不満足だ。


さてそれはそうと、わたしは外堀から埋めたいタイプだと気づいた。
この段木氏の本には図や写真が豊富で、やっと地理的な位置も確かめられた。
「地理」が嫌いなわたしはなんと地図帳ひとつ持っていない。
どこかに行こうと考えない限り、その地の地図は見たことがない。

仕事柄、生徒を連れて行く場所はほぼ決まっている。
福島の安達太良は三年ごとに行っていた。
文化祭で地理模型も正確な縮尺で作ったりしているが、
行ったことのないところは全く知らない。
伊豆諸島に関しては「大島」に数回行ったのみだから、
全く知らないに等しい。

この段木氏の本は実にわかりやすい。
お陰で、1975年に書かれた本だから古書になるのかもしれないが、
伊豆諸島に関して一般の人が持っているほどの知識は手に入れられた。

一章の「島々の誕生」の小見出しの
「浮上した島々」「最初に住みついた人びと」「島名の由来」
を読むだけでその内容がわかる。

二章は「自然と風土」である。
「黒瀬川」と呼ばれる黒潮の激流が海の鉄格子になって、
島流しにあった人びとを幽閉していたこと、
地質学的な類似から島々を3つのグループにわけていること、
そして、それぞれに特色のある自然と風土と歴史があること等を知った。

三章の「石器時代」では、「御蔵島のゾウ遺跡」のことで、
島の人が「星の糞」と呼んでいた黒曜石が、
なんと太古の人びとがそこで石器を作っていたことを示すという内容で、
わたしにとってはワクワクするほど興味深かった。

実は、20代の初めごろ、ひょんなことから化石に興味を持ち、
ふるさとの富山で化石堀りに夢中だったことがある。
夏休みに富山大に通い、県内の遺跡の地図を得、
あちこちの野山を駆け巡った。

そのために、父は標本箱を何個も作ってくれた。
あれは一体どうしたのだろう。
長い間、工場の2階にあったけれど、
工場を売却するときにすべて捨てたのだろうね。
どんな気分で処分したのだろう。

ここでもまた親不孝だった自分を思い出して悲しい気持ちになる。
愛情表現に器用じゃなかった父としては精一杯の行為だっただろうに、
あの頃のわたしはわかっていたのだろうか。
申し訳ない。
仏壇もないマンション暮らしのわたしは
書棚に飾ってある父の写真に手を合わせる。

捨ててしまったもの、
失ってしまったものの大きさにまたもや愕然とする。


四章「古代」からようやく核心に近くなる。
「地方神の怒りと序列」という小見出しにキターって感じになった。

『続日本後紀』の承和七年の記事が引用され、
神津島で噴火したのは、三島大社の本后が
「自分のあつかわれ方は不当だ」と立腹されているのだと考えられ、
神津島の神々に従五位下を授けたという。

さらに十年後、神津島以外の島の人びとが
神津島の神だけに冠位授けるのは納得がいかない。
自分たちの島の神をないがしろにすることは神の怒りに触れる。
同様に冠位をとなり、それぞれに冠位をさずけ、神々の順位が決まったというのだ。

あまりに人間くさくておかしくて仕方がなかったが、
これでやっとわたしも少しはおもしろいと思えるようになってきた。

段木氏は「伊豆諸島のような遠隔地の神々に対して贈位し、
ランク付けした意味は何を物語っているか」と問いかけ、
「このような(ことは)当時広く行われた政策だった」といい、
「「荒ぶる神」=悪しき神である地方神を
天皇族の守護神である天皇を頂点とする神の世界の整備という形で、
政府の中央集権的支配形態のもとに、
地方人民を統制しようとした意図があきらかに見られるのではなかろうか」
と締めくくっている。
これまた拍手喝采。なかなかにおもしろい。


長くなったので、今日はここまでにします。
わたしが本当に読むべき「火山島の神話」の感想は一体いつ出てくるのか
って不思議に思われている方もいらっしゃるのではと思います。

ええ、絶対にもどりますよ。
脱線が特技だったのんてぃ先生の授業も
最後はちゃんと帳尻が合いましたから。
画像

では最後におもしろかった資料を添付します。
 

2001年の地学雑誌Journal of Geographyに「伊豆諸島,神津島天上山と新島向山の噴火活動」と題して明治大の杉原重夫氏・大川原竜氏、立正大の福岡孝昭氏らが研究発表されたものがありましたので、『続日本後紀』承和七年(840)九月乙未(二十三日)の記事の箇所を以下に載せておきます。



http://www.dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8766565_po_094-105.pdf?itemId=info:ndljp/pid/8766565&contentNo=1&alternativeNo=&__lang=en

○『続日本後紀』巻九・仁明天皇
 承和七年(840)九月乙未(二十三日)条「伊豆国(の役人が使いを遣わして)申上することには,『(伊豆国)賀茂郡に造作の島がある。本の名を「上津嶋」という。この島に鎮座する「阿波神」1) は,「三嶋大社」2) の本后である。また同様に鎮座する「物忌奈乃命」3) は,即ち前の社(三嶋大社)の御子神である。〈中略〉「上津嶋」の島全体は,草木が繁茂し,東・南・北方は山や崖が険しく高く,人や船がはいることはできない。ただわずかに島の西だけ(船が)停泊することができる浜がある。(これは草木が)焼やされ(険しく高かった山や崖が)崩された(からであり),海とともに陸地をなす砂浜は,およそ二千町ばかり。島の東北の角には新しく造られた神院がある。(島の東北には)丘があり(天上山のことか),(その丘の)高さは五百丈ばかり,周囲は八百丈ほどで,丘の形は鉢を伏せたかのようである。〈中略〉さる承和五年七月五日の夜に噴火し,上津嶋の左右の海中を焼く。炎は野火(鬼火)のごとく,十二の童子(分裂した炎のことか)が互いに接してするどく光り,海に入って火をつけ,諸童子(炎)が海を席巻する姿は,地面のように広がり,陸地にいたって地上に進入する姿は水のよう(に変幻自在)である。大きな石は雲にまで達するがごとく持ちあがり,火は辺りを焼きくだく。炎は盛んで天にまで達し,その形はおぼろげで定まらない。ところどころに炎が飛びかう。こうしている間にも十日がたち,灰の混じった雨は部内(地方行政区画の通称に用いる)に降り覆った。そこで諸々の祝(はふり,神職の一つ。)刀祢(村の主だった者)を召集して,その祟りの原因を占って求めたところ,『「阿波神」は,「三嶋大社」の本后であり,三嶋との間に五子をもうけた。後后(「伊古奈比■命」4))には冠位(神階)を授けたのに,私,本后にはいまだに(神階が与えられるような)兆しに預からない。そこで私はことのほか怪異を示して,冠位(神階)に預かろうと思う。もし祢宜や祝等で,この祟りについて申上しない者がいたならば,麁火(あらあらしい火,神火)を起こして祢宜等を亡ぼ
すだろう。国司や郡司で(神階授与に)労を尽くさない者がいたならば,その国司郡司を亡ぼすだろう。もし私が望むことを成就するならば,天下(全国)の国・郡は平安し,産業は栄え豊かになるだろう。』と。今年(承和七年(840))の七月十二日,遠めにかの島(上津嶋)を望むと,もやが四而(四面か?)を覆って,全く状態が窺えなかったが,漸して元の状態に近いほどに戻って,雲霧がはれ明るくひらけた。神作院・岳等の類がはっきりとそのすがたをみることができた。これも我々の努力に神(阿波神)が感じるところであろう。』と。」
                 


 1) 三嶋大社の本后・阿波■命.東京都神津島村長浜山(旧伊豆国賀茂郡)・阿波命神社の祭神.物忌奈命ら五神の母神.通称長浜明神.
 2) 伊豆三嶋神社.祭神・三嶋神(三嶋大神)は以前三宅島に宮居していたが,推古二年(594)に下田市白浜へ飛来との伝えがある.つまり,現在は静岡県三島市大宮町(旧田方郡)に鎮座するが,以前は賀茂郡に所在していた.大山津見神あるいは事代主神ともいう.
 3) 大山津見神の裔神と推定.事蹟不詳.東京都神津島村(旧伊豆国賀茂郡)に物忌奈命神社がある.
 4) 三嶋大社の後后.静岡県下田市字白浜の白浜神社の祭神.
 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 寄り道。良いと思いますよ。ののはなさんが辿られた道は、この本の著者が「常識」と判断して書かなかったことを確認したわけです。人は自分が関心を持たない限り周囲の事物に対しても興味を持ちません。だからののはなさんが日本の歴史や、神と人との関係などに興味を持たなかったのは普通のことです。興味を抱かせるきっかけがなかっただけ。いま、この「火山島の神話」を手に取ってみて、なんとか読み込んでやろうという気が起こり、背景となる歴史的事実や三宅島の位置の確認などを始められたということは、本格的に興味が深まったということでしょうね。ただ本をたくさん読み解く技術としては、一字一句にこだわらないで、どんどん興味あるところだけを飛ばし読みしていくという技術を使うことは大事だとは思います。全部わかるには、それはそれは膨大な知識の集積が必要なので。一字一句にこだわりすぎるとそこで必ず頓挫します。飛ばし読みしてみて興味が深まり、そこで再度深読みするという方法でも良いと思います。お気をつけて。
 ちなみに私はまだ「はじめに」をぱらぱらとめくっただけ。とても興味深いのですが、ほかに読むべき本がたくさんあるので。そのうちにと思っています。
コアラ
2017/02/26 11:43
♡゚。コアラさん ゚。♡
そうですね。コアラさんにそう言っていただくととても気持ちが楽になりました。紹介してくれた友人も、わからない言葉が出てくるたびにPCで検索しながら読んでいるけれど・・・と言っていました。わたしは一般の人以上にこうした事には常識がない。で、今日まで関心をもたなくてもいい生き方をしてきてしまいましたから。子ども相手にわかりやすさを一番の価値として生きてきました。難しい言葉はなるべく使わず、平易な言葉で理解させるがモットーだったのですものね。でもこの一ヶ月の努力の甲斐あって、コアラさんが言われるように、少しはだんだんに理解できるようになりました。どうやら中世に関する文献がないのは、これも政治が絡んでいるのではというあたりまでは。ざっくり理解して次へという姿勢も大事だなって思いますので、少し注意します。ありがとうございます。
 ただ、この本のお陰で、今通い始めたお寺でのしゃべり場で、住職さんに宗教に関連して質問することができてよかったです。ある程度知識がないとなにを聞いていいのかもわからないのですね。わからない生徒がないがわからないから質問のしようがないっていうのがすごく理解できました。今はじめてある意味生徒の心境ですね(苦笑)。
 で、この春はせっかくだから伊豆に旅行することにしました。城ヶ崎海岸を歩いてみようかなって。自然のプラスとマイナスを実感する意味でも。孫のママが早めに休暇の日を教えてくれて、会員になっているクラブの券を用意してくれましたので。ラッキーです。ところで今回の件はコアラさんの偉大さを再発見する事件でもありましたね。お忙しいと思いますが、どうぞいい春になりますように。(TVをみるとそんな気持ちにもなれませんが)
ののはな
2017/02/28 22:32

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