ふるさとを売った話・・ その1



*暮れに書き始めて、書き終わらないまま年が明け
これではまた1年が過ぎてしまう
第一部としてすこしだけアップしておきます*

幸か不幸か、足の小指を骨折した
「2週間は安静にしてください」と
で、骨折ついでに骨密度も調べてもらうことにした
いい結果がでるといいな
(やはり骨粗鬆症、同年配の人の8割の骨密度)


こんな年の暮れは
しずかにこの一年をふりかえるときとしよう

今年もいろんなことがあった
ふるさとを売った
これを忘れてはいけない

生きていれば従兄妹で7代目になる
代々のふるさとの土地を売った



2015年の年の初めに
3月に北陸新幹線が通るから
富山の家の売却にすこし動いてみようかと

これまでお願いしていた不動産屋からは
一度として具体的な情報はなかった

まずはそのことを話し、鍵の返還をお願いした
気の弱いわたしには荷が重すぎて家族の力を借りた

が、あっさりと承諾され、鍵が返還された
あの不動産屋ももてあましていたのかな

ネットで探した不動産屋2社とアポイントメントをとり
3月21日、数年ぶりに富山にでかけた

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長野を過ぎると
風景が一気に変わる

太陽が
雪をかぶった山並みを
きらめかせる

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姫川を過ぎると
懐かしいふるさとの山・川・田園風景に

そして一気に富山駅に着いてしまう

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 「ただいま」
 だれもいない玄関では
 不動産屋が揃えた
 スリッパだけがむかえてくれた

 十数年前には「しっちゃ~ん!」
 老いた母が転げるように
 飛び出てきた玄関

 あんなに帰りたがっていた母も
 もういない

 

 ViVi不動産と契約を交わし
 その日の夜の新幹線で帰宅した
 富山は東京から日帰りできる地になったのだ
 両親が生きているうちにこんな日がくればな~

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それから1ヶ月もしないうちに
ViVi不動産から連絡が入る

少々値を下げてもらえるなら
買いたいという方がいると

「それはいいお話ですね」
これ以外に返事があろうか

4月18日、午前10時半
ViVi不動産で契約書を交わすことに
こんな時間に南富山で約束できるとは
こんな時代になったことにおどろく

早朝家を出て
新幹線のなかで簡単に朝食を済ませる

車中からの風景もすっかり春
水の色もあたらしい春の色


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富山の太陽は
山から降り注ぐせいか
風景を暗くさせる

田圃には水が張られ
田植えをまっているのだろうか





購入する方は介護職の女性で
離婚して母子で生きているとのこと

担当の人は合間合間に、
女性の4歳のひとり息子の相手をしている

売買の契約をここまでこぎ着けるには
長い時間が必要だったのだろう
何軒も見て回り、何度も対策を練ったのだろう
なにかわたしだけがすごく場違いな気がした



この日は南富山駅から直接
立山線で山の麓に行く予定だった
が、実際に時刻表をみて唖然
どうやらそういう行動をする人はあまりいないようだ

そこで市電に乗って一度、富山駅に戻ることに
土曜日だったが高校は学校があるらしく
市電のなかは大勢の高校生がひしめいていた

ああこの人たちは富山高校の子ね
こっちは女子校の子ね
わたしはひとりであれこれ想像して楽しんだ

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 こんなに早く
 家が売れてしまうとは
 まだ心の整理がついていない


 富山駅で昼食をすませ
 再び電鉄富山から地方鉄道に乗り
 1個目の稲荷町駅に降りる

 何十年もの間、乗り降りした駅
 このホームに降り立つのもこれが最後か
 






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 3年前
 数百万円も使って
 母屋だけをのこして周りを更地にした

 庭木のさっぱり切ってしまってくれた
 庭石だけが残された庭の跡

 ここには父が晩年
 仕事をしていた作業所が建っていた
 シジュウカラが巣作りをしている
 がんばってねと エールをおくる
  
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気を取り直して立山線に乗る
宿をとった粟巣野スキー場のペンションにむかう
岩峅寺あたりから見る立山の姿はきれいだ

わたしのふるさとの山だ
子どもの頃から
山と言えばこの山並みのことだった

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雪が残る粟巣野で出会った
小鳥たちの姿のみ記録として残しておく

キセキレイ カケス カワラヒワ

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そして粟巣野の野草
雪解け水の流れる道で出会った
カタクリ
ミズバショウ
ショウジョウバカマ

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はじけるしゃぼん星

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この記事へのコメント

玄徳
2016年01月26日 09:55
写真懐かしく拝見しました。
2016年01月26日 10:26
寂しいような でも少しホッとしましたね。
売却出来て良かったかも?
私の産まれた家も 弟が壊したようです。今は もう~~ありません。
寂しい話です。
コアラ
2016年01月26日 11:20
写真でお見受けした限りでは、まだまだ長い間使える家ですね。家族で長く使ってくれる方にお譲りしたことで、家もまた生きていくのではないでしょうか。きっと当分の間は、今のままで残されるでしょう。空き家のままで朽ち果てていくより、ずっと良かったと思います。思い出は心の中にずっとありますし。
ののはな
2016年01月26日 22:25
♡゚。玄ちゃん ゚。♡
ごめんね。売ってしまいました。わたしもあっけなく売れてしまって、寂しくて正直複雑な思いです。この玄関の写真をみると涙が流れます。父と母が老後の20年間を過ごした家。しかし、わたしもいつまでも元気ではないので、すこしずつ持ち物を整理しなければと。いろんな能力が1年ごとに衰えます。3年前に家の周りをきれいにしました。不動産屋がいろいろ勝手に手を加えて、寂しい家になってしまいました。庭木もさっぱり。これにはびっくり。ご近所から苦情が来ないようにと。町内会からは雑草のことや木がはみ出ていると苦情の電話が。家一軒維持するのも大変でした。母亡き後、義母の世話、その後は孫の世話と・・・なんだかまあお役に立っているのですが。富山はやはり風景がいいところですよね。それと意外と垢抜けしていますね。観光地なんだとわかりました。
今度行くのは墓参りだけでしょうか。庄川を渡ったとき、あなたの昔の実家の裏あたりで遊んだこと思い出しました。最近子どもの頃のことよく思い出します。回想法というあつまりに毎月いくせいでしょうか。先日もあなたのことしゃべりました。懐かしいです。
ののはな
2016年01月26日 22:33
♡゚。ハイジママさん ゚。♡
そうですね。まだわたしは家を亡くしてしまったという実感に乏しいのかもしれません。こうやって写真を見て初めて、もうここへは行けないのだと。
ひとつものを手放してほっとして、これからの生き方を考えています。そうそう今、この物件の譲渡税の計算をしています。少しでも払いたくないものですね。もっとあの人に安く売ってあげれば良かったと思います。税金で失うくらいなら。
家なんて減価償却でほとんど価値のないものになるのですね。土地は売却の5%でしか計算できない。また今年も国税庁のHPと仲良しです。あはは・・・です。で、また税金か・・・と。国はしっかり税金だけはとるもの。
ハイジママさんのご実家が亡くなったのですね。寂しいですね。でも弟さんも維持するのが大変だったのでしょうね。
ののはな
2016年01月26日 22:46
♡゚。コアラさん ゚。♡
コアラさん、お久しぶりです。手紙でもと思いながら日々が飛ぶように過ぎていきます。そうですね。たぶん。両親は年寄りだったから、きれいに使っていました。60代で老後のために建てた家でした。70近くまで、離れた所にある工場で日中を過ごしていたので、ほんとにきれいに使っていましたね。周りの古い家を壊して風呂場を作ったので、たぶんあの女性は、息子さんとこれから長く過ごしていくのでしょう。すぐ側に保育園があるし、駅まで2分、そこには大型のスーパーもあって、いい場所ですから。正直なんだか売りたくないって気持ちになっていたのですよ。おかしいですね。で、最後の日、銀行だったのですが、逃げるようにして帰ってきました。人間の心境っておかしいものです。彼女はありがとうって大門素麺をくれました。わたしはその後行ったホテルで小包して家に送りました。富山では美味しいと言われている素麺です。あのふたりが幸せに暮らしているよう祈っています。
あきさん
2016年01月29日 11:11
ののはなさん お久しぶりでした。
懐かしいののはなさんらしいブログを読んだ気がします。
地方から出てきた人には、共通するお話ですね。私の田舎の家は、姪っ子がついだ形になっていますが、その姪っ子は家族と東京に住んでいます。
つまり、私が生まれた家は長兄が他界し、義理の姉がなくなってから、事実上空き家のままですね。
私にとって、故郷はどんどん遠くなっていきつつあります。身内が一人もいなくなってしまった故郷へ、もう戻ることもないでしょうね。さみしいといえば寂しい限りですが、振り返っても仕方がないとあきらめております。
これから先は、子供と孫たちの成長にささやかな夢を膨らませることで心の安らぎを求めていこうと思っております。
これまで80年間も生き続けてきたのですから、神様もこれ以上私に難問を背負わせることはないだろうと思っています(微笑)。
寂しいコメントになって御免なさいね。
ののはな
2016年01月31日 22:38
♡゚。あきさん ゚。♡
そうですね。もう長い間、もう嫌になるくらい。もう顔も思い出したくない政治家によってわたしの私生活もずたずたですよ。で、その合間を縫って日常を紡いでいるのですが、それを記録することもせず走り抜けてきたように思います。今も非常事態条項が怖い怖いと訴えている頭があります。はやく重荷を下ろしたい気分。
さてふるさとのことを思うとやはり哀しいですね。あきさんもそうなんですね。自分が跡取りでなくとも、ふるさとの家がもう帰る場所ではなくなると、もうどうしようもないですね。
 あきさんはお子さまやお孫さんに恵まれているのですから、幸せですよね。あきさんのブログが更新されないので過去のページを覗いたりしていますが、あのように日本の経済や政治を分析できるってすばらしいなって思っています。わたしは知らないことが多すぎて、静かにしているときはたいてい本を読んでいます。
寂しいコメントではありませんよ。komichiさんに言わせれば、諦観だっておっしゃると思います。わたしはまだジタバタ悪あがきしても許されるかなって。あと10年は。10年たったときどんな自分か楽しみです。元気で生きておられるようにしなければと。あきさんもお体にお気をつけくださいね。わたしも暮れにドジをして足の小指を骨折してたったこれだけのことなのに、と。未だに痛む足です。これからどんな思わぬ落とし穴があることかと。何しろ薬の量が増えました。
高血圧+骨粗しょう症+アレルギー性副鼻腔炎 です。もうすぐ花粉症の季節、今度は眼科にも行くのかな。なにしろ医者通いも忙しい。でもまあドジドジとのんびり生きてます。
2016年02月08日 22:17
こんばんは!
ののはなさんの故郷、富山の風景が心に沁みます~。
お母さまのお世話をして、こんどは懐かしい家を処分され…これからを考えたときに、とてもいい判断だと思いますけど、切なさは感じますよね。
私はののはなさんの少し後を歩いているようで、一人暮らしが出来なくなった母の世話に通う日々です。実家の家も母が帰れるように離れを一軒を残して更地にして売ってしまいました。
なんだかちょっと寂しくなりますけど、広い敷地と家屋の維持はもう無理になってきましたから、仕方ありませんね。
足の指、まだ痛みますか~。どうぞお大事にしてください。
久しぶりにののはなさんとお話が出来たようで、うれしいです~☆

ののはな
2016年02月13日 01:31
♡゚。komichiさん ゚。♡
こんばんは。富山がいいところだったんだなって、今になって改めて思います。
komichiさんも大変な思いをされているのですね。お母さまのお世話が始まったのですね。で、実家を整理なさったのですか。
 現実な話で申し訳ありません。実は昨日やっと税金を払ってきました。譲渡税というもののがどういうものかよくわかりました。ここ数年はわたしは世の中の勉強ばかりです。親から相続した土地というのは、減価償却率が大きく、ほとんど税金になってしまうのだと知りました。東京のマンションはまだ10年だったので、マンションは減価償却分が少ないので、税金は免れました。
 そんなわけでわたしもこれで良かったと思っています。今度行くのは遊びにですね。そんな優雅な時間がほしいな。
足の指まだ痛みます。今日は赤く腫れています。やれやれです。
また昔のようなブログに戻したいな。

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