静音の小径 其の2

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zoom RSS ふるさと富山をゆく

<<   作成日時 : 2019/04/07 00:30   >>

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2019年4月1日
わたしは10歳の孫と富山行きの新幹線に乗った

これを里帰りと呼ぶのかわからないが
わたしには久しぶりの富山行き

2016年9月
母方の最後の叔父が亡くなり
あの時はとんぼ返りの里帰りだった

2019年1月
今度も母方の最後の叔母が亡くなった

とうとう母の姉妹はひとりもいなくなった



去年から我が家は
ふたりの孫育ての日々が続いている

平日のみならず土日も孫はやってくる
ようやくババへの反抗期も終わり
「わたし ばばっこでよかった」という

3月わたしの絵のサークルが終わるや
富山へ飛ぶことにした
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  たぶん、この後
  絵の展覧会のことを
  書く余裕はないだろうから
  記録として
  出展した「(練)習作」を
  載せておく
  色補正が失敗
  鮮やかすぎる色になっている


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  が、こうなると欠点もよく見えて
  今後の課題がはっきりしていいかも
  恥を忍んで記録しておく
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さて、話を富山行きに戻します

4月には温かくなっていることだろうし
迎える側も納骨が済んでいるだろうから
という理由もあり、4月1日に出かけることにした

その話を聞いた孫は
どうしてもわたしも一緒に行くという

ちょうど富山の合掌作りを勉強していたこともあり
「あなたが3歳のときおっきいおばあちゃんが亡くなり
みんなで富山を旅行したのよ」と話すが
「覚えていない!合掌造りをみたい」という

我が家は孫ふたりの面倒を日常的に見ているので
誰かが家に残って孫の世話がいる

夫は8歳の男の子と相性がいい
その子となら二日ぐらいなんとかなるというので
わたしは10歳の女の子を連れて新幹線に乗ったというわけだ

こういう体験は二人ともはじめてでなかなかの珍道中だ
はじめての新幹線に興奮気味なのは同じだったが
孫に言わせるとババは指定席が不要な人だった

車窓からの景色に興奮
カメラを握ってとうとうデッキに
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列車は長野駅を過ぎたら一路富山駅へ
この写真は表日本側
次の写真はたくさんのトンネルを抜けたあとの裏日本側
光がちがいますね

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「日本の背骨をくぐり抜けているんだよ」と説明したくても
ババはデッキの人
「夕べは興奮して眠れなかった」とか
孫はうつらうつら・・・
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ほら、もう常願寺川だ
若かった日には
この河口でよく絵を描いた

急いで座席に戻ると
後3分で富山駅到着とアナウンス
早すぎる!
昔はああ、母校が見える
ああ、父の工場が見える
ああ、母が犬のチャコと
散歩する稲荷町公園だ
などと郷愁をたっぷり味わえたのに・・・




富山駅北口
ライトレールの出発点で
従姉妹たちと待ち合わせる

さっきまでの青空は何処へやら
雨が降り出した

まずは父母の眠る八ヶ山の長岡墓地
素っ気ない墓
ほんとうにここに父母はいるのかしらん
たしかにお骨はここに埋葬したのだけれど


次は叔母と叔父が眠る
常願寺川の側の西の番の墓地へ
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左は車中からみた常願寺川
下は冬逆戻りの常願寺川のほとり
たった2時間の間にこのように激変
これには、みな震え上がった
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ここで少し常願寺川のことを記しておく

常願寺川は、源流から河口まで標高差が約3000mもあるのに
川の長さはわずか56kmという世界でも有数の急流な川だ

明治時代、常願寺川の工事のために派遣されたオランダ人技師デ・レーケが
「これは川ではない、滝である」と有名な言葉を残した

安政5年4月26日(1858年6月8日)
常願寺川で大洪水が発生した

この洪水をもたらした要因は同年2月26日(1858年4月9日)に発生した
マグニチュード7級と言われる飛越地震である
跡津川断層の活動によるとされるこの地震で、
常願寺川の上流にある立山カルデラは鳶山崩れ(大鳶崩れ)と呼ばれる大崩壊を起こしたのだ


崩壊した土砂は常願寺川の上流を堰き止めていたが、
4月26日の地震(飛越地震の誘発地震とされる)を契機に決壊し
下流の富山平野に洪水と共に大量の土砂が押し寄せた

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  現在でも富山平野には
 この大洪水で流れ着いた巨石
 (直径6、7メートル、重さは約400トン)
 が残されている



常願寺川堤防の外(富山市大場)


この洪水で、150人余りが死亡し、家屋1,500棟以上が流失もしくは損壊した

この結果、常願寺川は大量の土砂によって周囲よりも河床が高くなる天井川となり
これ以降も度々水害に見舞われるようになった
上流の立山カルデラの崩壊地では現在に至るまで砂防工事が連綿と行われている

画像 この写真は洪水に暴れる常願寺川

 常願寺川という川の名には
 に災害が起きないように
 うという
 住民の気持ちが
 こめられているのだろう


川にすごく興味を持つわたしは
ここで沈没しそうになったが
気持ちを切り替えて
長々と書いた文章をカット


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常願寺川と別れて従姉妹の車に乗る
右に左に激しく揺さぶられ、孫は大喜び
そして踏切大好きなわたしはシャッターを切り続ける
この地鉄は立山線



高倉町珈琲 飯野店でリコッタチーズのふわふわパンケーキ♪
ただしわたしは22日からの胃腸炎がまだ治りきらず
ナンを少し頂くがお店の雰囲気はとてもおしゃれ
昔はこんなお店ができるなんて想像もできなかったな

生クリームのかかったバナナ添えパンケーキに
たっぷりのチョコをかけた一皿を平らげた孫は大満足

古いアルバムから従姉妹たちとの写真を印刷してきたので
写真を見ながら、従姉妹たちと昔のこと思い出しておしゃべり
孫も負けずに大人の会話に仲間入り


富山駅で従姉妹たちと別れ
コインロッカーの荷物を取り出し
今夜の宿、駅前のコンセプトホテル和休に向かう


宿について、畳の床に足を伸ばすと孫は
「ああ、よかった。うん、いい宿だ。心配だったんだ」

あらあらババって全然信頼されてないのね
ホテルの中を探検してから、さあ夕食にいくぞ

「夕食はわたしの奢りだから、うんと美味しいものを食べてね」
と孫は膨らんだ財布を叩く
なんと日頃お世話になっているからと
孫のママがお金を持たせたようだ
70歳のババが10歳の孫に奢られる
いいのかな?


新幹線開通とともに駅構内にできた新しい居酒屋で
白海老と昆布締めの刺身一盛りと
温かい蕎麦

孫は「う〜ん、上品なお味、美味しいね、それでいて安い!」
とこれまた大満足

温かいお風呂に入って
久々に髪を洗ってあげる
いつもは一人で長い髪を洗っているそうだ


まずまずの1日目
今夜はこれまでに






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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
可愛いお孫さんと2人で新幹線に乗って、富山へお墓参りに行かれた様ですね。お孫さんが初めて乗る新幹線や、ご先祖様の墓参りは貴重な体験だと思います。頼りになる賢いお孫さんですね。お孫さんの奢りで、居酒屋での刺身や温かい蕎麦は美味しかった事と思います。風景や猫の絵はお上手です。
華の熟年
2019/04/08 17:20
お孫さんは初めての新幹線で楽しい旅行だったことでしょうね。私は40年位前に上野駅から富山市へ出張で行ったことがあります。ほとんど記憶がありません。
夢楽
2019/04/08 21:41
こんにちは。
お孫さんとの富山旅行。
今まで富山に行かれた旅とは全く違った思いを沢山された旅行だったのではないでしょうか。
車窓をゆっくり眺めてる間もなく あっという間に富山に着いちゃいましたか。
早いのがいいけれど そうではない事もありますね。
風景画の最初の明るい色彩の私は好きですよ〜
もちろん2枚目も好きです。
どちらも水彩ならではの透き通った感じがとってもいいですね。
にゃーちゃん
2019/04/10 15:20
こんばんは!
我が家の孫と同い年のお孫さんと富山への二人旅!
いつも見せる表情とはまた一つ違った顔をお孫さんも見せてくれたでしょうね〜☆
お孫さんにとっても、きっと想い出深い旅となったことでしょう。
こういう時間が大切な宝物になりますね〜☆
私も孫と旅がしたくなりました〜☆
komichi
2019/04/12 00:03
♡゚。華の熟年さん゚。♡
そうなんですよ。どうしてこんなことになったのか。まあ、1年間よく勉強したねとどこかでご褒美げたかった。3.21さよなら原発全国集会、デモに一緒に参加した日、竹下通りでお洋服を買ってあげたりして、まあ一緒に行動できるかもと思った。家で夫に二人の孫の世話は厳しいだろうし。
まあ、結局孫にとっては親から自立の一歩になる旅になりました。ただあいにくの天候で、この日と決めたのはわたしなので、従姉妹たちには迷惑をかけましたね。
寒かった!2歳下の従姉妹が車を運転してくれたのでよかったのですが、富山は車がないとどうにもならないところだとつくづく感じました。いつもコメントありがとうございます!
ののはな
2019/04/12 22:37
♡゚。夢楽さん゚。♡
40年前ですか。まだあの頃は新幹線はおろかほくほく線もなかったような。わたしはあの頃は幼い子どもを連れての旅だったので、飛行機で行くことが多かったような。まだプロペラ機だったような。たしかに40年は遠いですね。飛行場は富山駅から遠いので、いつも飛行場には元気な父が迎えに来てくれていました。それがあたりまえのように思っていた自分が今、恥ずかしい。親不孝者です。
ののはな
2019/04/12 22:43
♡゚。にゃーちゃん゚。♡
そうですね。子どもを連れて富山へ行くときはいつも家族全員でしたから、こうした孫との二人旅ははじめてです。穂高を越えて富山県入りして高山線で帰ったことは2度ばかり。一人で郡上八幡から高山線で帰ったこと、京都ひとり旅のあと富山へ、などと遠い昔のことなど思い出しましたね。
1歳からずっと面倒を見てきた孫だけれど、こうして二人で旅したのははじめて。それはやはり今までの家族合同旅行とは全くちがいますね。孫の自立の一歩になったのではないでしょうか。許可してくれたママには感謝したいですね。
にゃーちゃんはそんな経験ありますか。今度聞かせてね。
絵はやっとこの春で3年生。忙しいのでなかなか絵を描く時間が取れません。月に1枚も描けないときも。でも描き続けることが大事ですよね。30代のはじめ、月に1度だけ、太郎次郎社という出版社の上で巨摩中(だったかしら?)の美術の先生に油絵を見てもらっていたことがあります。そのときどうしたらうまくなれますかと聞いたら、先生から「うまく描こう思わず、とにかく描き続けること」と言われたこと今でも覚えています。そのとき一緒に生徒だった人たちで長野でスケッチ旅行したこと思い出しました。画布を縦にして、水田を色鮮やかに描いた人がいました。にゃーちゃんも絵を描き続けてくださいね。それを楽しみにしている人びとがいることも忘れないでね。
ののはな
2019/04/12 22:58
♡゚。komichiさん゚。♡
コメントありがとうございます!
そうでしたね。もう10歳になったんですよね。わたしも老いるわけです。孫は親といると子ども子どもとした風なんですが、わたしといるといつも対等になろうとします。今回の旅でもどきっとする事たくさんありました。
またババと一緒にたくさん旅行しようね、と言ってます。よほど楽しかったのでしょうね。一人前になった気分でいますよ。
これがババの役割なんでしょうね。komichiさんはお孫さんと旅行されるのかしら。
ののはな
2019/04/12 23:02
素敵な感性をお持ちですね〜
楽しみにさせて頂いてるブログです
kako
2019/04/13 09:57
♡゚。kakoさん゚。♡
とんでもありません。感性の枯渇にずっと苦しんでいます。kakoさんのセンスには脱帽ですよ。これからも楽しみにさせていただきますね。
ののはな
2019/04/18 00:07

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