みずみずしい感性を持つ人々に出会う

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生き方にふくらみを 


43年間働き続けて、この春退職。
気分は案外さばさばしていた。
で、どうする、これから。
そんな時にこの講座「楽しむエッセイ」に出会った。
年の数だけ書きたいことがある。
しかし如何せん、文才がない。

朝、躊躇する気持ちを暗示するかのように雨が降っていた。
また遅刻のスタートだ。

早々に、自己紹介が始まる。
ささやかに気の利いたコメントが書けたら、
一冊の絵本が書けたらと、
それぞれがここに来た動機を語る。
目的がはっきりするだけに自己開示も潔い。
言葉には、その人の人生と価値観が凝縮されている。
ひとりひとりが、人生の一区切りとばかりに、
明日を模索する姿に自分が重なる。
個を生きるにはいい時代だ。

ひとつの現象も意識的に言葉を聴けば、
そのものの本質が見える。

こうして、ここでの小さな一歩から、
私の生き方にほんの少しの
あそびとふくらみが生まれるといいな。


-・-・-・-・-・-・-ののはな-・-・-・




この師走に区主催のエッセイ講座にでた
実に楽しい時間をすごした
課外活動もすこぶる楽しかった
人の異なりがこんなに楽しいことをはじめて実感

「今の思いを400字で書く」という宿題がでた
ああ「宿題」って言葉もいい響きだ

これからどんどん老いてデーサービスに行くようになるなら
宿題がでるような学びをさせてくれるところがいいな~

しかし最終日、受講生の発表を聞いて
わたしはわたしの老後への考え事態が
根本的にまちがっていたことに気づかせられた



受講生に90歳のすてきな女性がおられた
彼女の発表がまたすばらしくて

その前に講師から
「意 口 身」という話を聞いたばかりだったのだが
彼女はまさにこの「身口意」を体現する生き方をされていた

他の人々もひとりひとりが異なっているようでも
不思議に共通点があって
話し始めると止まらないほどに話は弾んだ
これからもつきあいたいと思う人ばかり
いつかひとりひとりについても書けるといいな


会の終りに光が丘に住んでいる講師からこんな提案があった

わたしがこの秋引っ越したマンションの前にある広い道路は
戦前、成増陸軍飛行場の滑走路だった
なぜこんなところに軍の飛行場があったのか
講師は簡単に説明したが
わたしはきちんと書いておこうと思う



昭和17(1942)年夏、本土防空を担当していた陸軍は
帝都(東京)防衛強化が急務であることを痛感
急遽飛行場を建設することにした

この地の農民たちから先祖伝来の水田や
麦・大根・甘薯などの畑を奪ってでも
ここに飛行場を作らねばならなかったのだ
それはいったいなぜなのか

 
1942年6月5日
ミッドウェー海戦で日本軍は大惨敗
しかし、大本営発表は被害を過小に報告
ミッドウェーで生き残った人も口封じのために幽閉


7月6日、ガダルカナル攻防戦がはじまった
それから半年の間にガダルカナル島は、
餓死するか仲間を喰らうかという餓島に化した

2月9日の大本営発表では「撤退」ではなく
ガダルカナル島からの「転進」だと

悔しいから書いておこう
この間、つぎこまれた兵士(人間だ)は
陸軍約30,600人、海軍約4,700人
その内、戦死者は陸軍約20,800人、海軍約3,800人
戦死者の内、餓死者は15,000人と推定

このふたつの戦場での決定的な大敗は
この戦争の大きなターニングポイントだった

しかし軍の指導者はここで戦争を終結させることをしなかった
そして1943年5月29日アッツ島守備隊玉砕
(かっこいい言葉だが、見殺しにされ死を強要)
援軍を送ろうにも、守備隊を撤退させようにも
輸送船すらなかったのが真実だ
「玉砕」という言葉が
このあとも大本営発表で使われ、軍歌にも歌われた


話がずいぶん遠くまで来たが
成増陸軍飛行場は
こういう戦況のなかで考えられた



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 陸軍特攻隊が飛んでいくための
 飛行場だった

 47戦隊内から選ばれた
 空対空特攻「震天制空隊」や
 対艦特攻隊「振武隊」の
 編成や訓練が行われていた

 ここから飛び立った
 46名の若者の尊い命が
 沖縄の海に散ったのだ



その訓練の地であった成増飛行場では
多くの隊員が悩み苦しみながら過ごしていたのだろう

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成増編成の特攻隊に使われた飛行機は
中島キ四三(隼)と中島キ八四(疾風)が主だったが
敗戦間近になると中島キ一一五(剣)も使わざるを得なかった

それは機体構造も金属ではなく、木材やブリキで製作され
離陸時に主脚は投棄され、着陸は胴体着陸で行う仕様に

機銃も爆撃用の照準機も搭載しておらず
また、機体も胴体着陸には耐えられない強度
爆撃機とは名ばかり、特攻専用機だった
しかし実践に使われる前に敗戦になったときく



興味がある人は下記の本を読まれるといい
『特攻隊振武寮──証言:帰還兵は地獄を見た』
– 2009/7/10  大貫 健一郎 (著), 渡辺 考 (著)




講師はこの成増陸軍飛行場と
今の光が丘を結びつける作品が書きたいと思っている
と結ばれ、この成増陸軍飛行場の跡地を見学されるなら
その案内役を買って出てもいい
それを最後にこのエッセイ講座を終えると

この小さな旅をしてもいいと講師に連絡先を聞いたり
お互いの連絡先を知らせたりしているうちに
遅れてしまった者同士が一緒にお昼でもとなった



そこで先の90歳の彼女がわたしの隣に座った
聞いてみると、お住まいもなんと同じ町内だった

なんてすばらしい人がこの街にいるのだろうと
わたしの目の前がぱあっとあかるくなった

彼女はまるごと手作りの本を持参されていた
それは彼女の人生のエッセイ集

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「続 ひとりごと」とカラフルなハート型のなかにタイトルが
ぱらぱらとページを繰ると
いたるところに「マウスで描いたの」とおっしゃるイラストが
大正ロマンの雰囲気で

区主催のパソコン教室へ行くと親切に教えてくださるのよ
文字の打ち方から古い写真を取り込むことまで教えてもらえたと

なんというすばらしい方だろう
26年前に夫が他界してから世界をあそびまわったとおっしゃったが
家に帰ってじっくり読ませてもらったら
なんと戦時中はドレメで洋裁を教えておられたり
(実際は戦時なのでなにを縫っておられたのだろう)
お琴も習われて、戦後、お琴のお師匠さんもなさってる
実に何事にも秀でた方なんだ

わたしには駅前から出ている無料のシャトルバスで
火曜日と金曜日は大浴場で1日あそんで体を鍛えていると
その曜日は高齢者は千円に割引だそうだ
朝一の10時に行くのよと

なるほどこれではデーサービスなどいらないわけだ
体が健康なら彼女のようにどこへでもあそびに行けるだろうし

青砥で別れたが
これから買い物をして、環七を通るバスで帰るわ
家のすぐ側にバス停があるの
なんて元気なんだろうと「お気をつけて」というのも忘れた


わたしも意欲をもっていろんなことを考え
それを人に伝えようと口で言葉を発し
実際にそれを行動に移し、身体化させよう
それがまた、次のいいアイデアを生むだろう
そしてそれが自分にもどってきて豊かな感性になるのだろう


みずみずしい感性は言語活動のみならず
身体性を伴うものだと教えられた
この躍動感あふれる孫たちと共に生きるためにも

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はじけるしゃぼん星

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この記事へのコメント

2014年12月24日 11:11
素晴らしい人には、素晴らしい出会いが待っているんですね。90歳のご婦人の心情には驚かされます。
もうそろそろお迎えが来てもよい頃かな・・・なんて考えている私など、まだまだ青二才ですね(自嘲)。
子供のころは東京からはるかに離れた田舎で暮らしていましたので、戦前の日本軍の施設に関する知識や認識はまったくといってもよいほどありませんでしたが、ののはなさんのブログを読んで、なるほどな・・・との思いを深くしました。
私にとって、今の光が丘はかつての米軍(駐留軍家族)の住宅地なのです。たしか「グラン・トハイツ」といってましたよ。
実は光ヶ丘には個人的な事情でご縁があり、今でも時々尋ねることがあります。
グラント・ハイツから10数キロほど離れた、埼玉県朝霞市にはアメリカ空軍の基地がありました。「キャンプ・ドレイク」といいましたかね。
今は日本に返還されていますが、数年前にここへ議員会館だかなんだかを建てようとしましたが、世論に叩かれて中止になりましたね。いまは荒れ果てたままになっています。
そのほかに、埼玉県には入間基地があり、自衛隊空軍基地になっています。戦前は立川にも日本軍の大きな基地がありました。安保騒動の火種の一つになって、「砂川闘争」の現場になりましたが、今は日本に返還され、広大な「昭和記念公園」に生まれ変っていますよね。
東京を取り巻く内陸部には、日本軍の基地が点在しいていたようです。厚木基地や福生基地は、今でも米軍が使っていますね。
ののはなさんのご趣旨からそれてしまいましたが、貴女のブログを読んでいて、何の脈絡もなく、以上のことなどを思いました。
2014年12月24日 23:32
こんばんは!
「楽しむエッセイ」講座、いいですね~♪
私は文才に恵まれていませんから講座に行っても無駄かもしれませんけど…参加してみたいなぁ~と思って読みました~。
やはり行動が人との出逢いを生むのですね~☆
90歳の女性のすばらしさに、私もこれから努力をしなければと、心引き締めています。「意 口 身」納得の詞です。
今回の選挙ではかなり疲れましたが諦めず、できることをしようと考えています。
2014年12月25日 08:50
何と言う素晴らしい出会いが在ったのでしょう。
私まで嬉しくなりました。
ののはなさんも 目標が出来ました?素晴らしい先輩の生き方、私も少しでも近づきたいと思いました。
デーサービスなんて!私も行きたいとは思いません。
自分の足で 自分の意志で 最期まで暮らし方を決めたいものです。
2014年12月25日 20:08
素晴らしい出会いでしたね。
でも出会いは似合いですから、ののはなさんも素敵な方だと思っております。
ののはな
2014年12月26日 21:49
♡゚。あきさん゚。♡
そうですよ。あきさんはまだまだこれから一花咲かせる人ですよ。90歳とは思えないほど肌の色つやもいいのですよ。健康に気を使っておられるのだなと。なにより行動派。お友達も多く、旅行をなさっていっぱいおしゃべりなさっているのでしょうね。光が丘は米軍の住宅地だったようですね。昔、成増に友人が住んでいて何度か行ったのに、東京に出てきて間がなかったので、そんな場所が広がっているとも知らなかった。立川基地の跡地が昭和記念公園なのですか。あまり行かないので、はじめて知ってびっくりしています。知らないことばかりです。恥を忍んで少しづつ勉強していくつもりです。ちょうどいい機会なので、特効隊員のこと調べようと思います。
ののはな
2014年12月26日 22:01
♡゚。komichiさん゚。♡
いえいえ、わたしは文才がないから行ってみたのです。でもなんと最後に自分の作文を朗読して発表するということが待っていました。これはわたしにはお手の物なので、文章のまずさがごまかせました。演劇部と壇上で語るのが仕事でしたから。
みんないろんな課題を抱えて来ておられることがわかりました。わたしの人生がとても平凡であることも。この90歳の方の「ひとりごと」で、数芸というものを知りました。わたしはパズルで費やす時間もない生活だったのです。国語の人が最近はまっているって言ってましたので、意外と文系の方には新鮮なのかもしれません。90歳の方がいろんなことにチャレンジなさって、それが脳を活性化させていることに驚きをもったわけです。なにごとにも好奇心を忘れてはいけないと思いました。
 選挙が終わった夜、3時過ぎまでTVの前にぼっと座っていました。国民の愚かさがかなしかった。戦争の総括をきちんとしなかったというのはこういうことかと。わたしには全く戦前と同じ状況に思えます。反原発、非戦の先頭に立ってがんばっていた人がどんどん亡くなる。がんばらねばとなんか空回りしているような。
でもそんなことは言ってられない。孫には「ババの話を聞いているとわたしほんとうに悲しくなるから言わないで」と。でもね。そうやってみんなノー天気に生きて、ほんとに空っぽになっている。komichiさんもがんばってね。民主党の党首いい人になってもらいたい。
ののはな
2014年12月26日 22:08
♡゚。ハイジママさん゚。♡
そうなんですよ。歩けばいいことがあるものです。来年には早速数人でお食事をすることになりました。いつの間にかわたしが世話役。そんなのは大の苦手なのに。その日の場所は集まる場所近くに住む人が予約をとってくれることに。その日に光が丘公園に行く段取りを決めることに。楽しみです。事前学習の資料作りがこの冬のわたしの宿題。そうそうもちろんこの彼女も来ます。
今のままのデーサービスでは行きたくないですね。ただ近所には個性派のデーサービスもちらほら。○○に特化しているってだけなのかもしれませんが。喫茶風の作りだったり、ジムのようだったり。でも学校ってのもおもしろいと思うの。放送大学だけじゃない、もっとゆうたり俳句や短歌、エッセイがあってもいいなって。で、わたしはちょっとした芝居をやるデーサービスがほしいな。
まあそれよりいつまでも健康で自立するのが一番ですが。そのための仲間作りです。
ののはな
2014年12月26日 22:10
♡゚。はなさん゚。♡
いいえ、わたしは凡人です。ただこうやって女性たちとつるむってことが人生の中ではほとんどやったことがなかったので、今回はやってみるつもりです。それがわたしになにか教えてくれるのではと信じています。

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